★神様のひろば★
未来は子どもの手の中に
2020-11-01
「未来は子どもの手の中に」 シスターT
鹿児島純心女子短期大学で保育者を目指す「こども学専攻」の学生たちとの関わりがほとんどです。
若者言葉によるコミュニケーションが日常になっている彼女たちの会話の中で、言葉使いを注意することがよくあります。「今の言葉、マリア様が聞かれたら悲しむわ」と。すると「マリア様、ぴえん、先生もぴえんですね」と、良くない言葉使いであることが分かっているようです。「ぴえん」とは悲しい気持ちを表し、嬉しい時も使えるそうです。
ピアノの授業では、課題が弾けなくて「やばい」(まずい)、仲間が練習の成果を発揮するのを聴いても「やばい」(素晴らしい)と言って褒めます。7階のピアノ室から桜島と幸いに聖母マリア像の後ろ姿が眺められます。「マリア様に聞いてもらいましょう」と呼びかけると背筋が伸び表情も和らぎます。
「マリアさま」という響きが柔らかく親しみやすいのでしょう。
先だって地域の親子の方々が参加する「純心こども講座」に向けて企画準備をしました。台風の接近で10月10日の実施が危ぶまれましたが、当日は快晴となり「神様に感謝」と言うと「マリア様に感謝」と応えるのを聞いて嬉しくなったりもします。
音楽の授業で「季節の歌」の説明を始めると「先生、『り』、早く歌わせて」と。「り」とは「理解した」という意味です。「わかりましたか」と尋ねて反応がなくても、「り?」と聞くと「り」と即座に応えるのでこれは私も適宜使います。
そのような中、「はっ」とすることもあります。子どもとしっかりと手をつなぎ、子どもに信頼された喜びの体験から「心は掌にあると実感しました。今まで胸(心臓)のあたりにあると思っていたけれど」と。キリスト教概論が「むずい」(難しい)と言いながら、聖書のイエス様のことばを読んで「ゆるさなきゃと思いました」と。子どものために頑張ってパワーアップする彼女たちは、舞台発表やパフォーマンスの最後に「未来は子どもの手の中に、We love Kids」と宣言します。
教皇様が若者を愛し未来を託されているように、「未来は若者の手の中に」あり、神の愛に生かされ、守られていることを忘れないでほしいとていねいに学生たちと関わりたいと思います。
聖母に導かれて来た純短の様々な学生たちを、「神さまにも人にも喜ばれる女性」として社会に送り出すことができますように。