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神さまのひろば

★神様のひろば★

挨拶は神さまの恵み
2020-01-01
「挨拶は神さまの恵み」(シスターO)

 召命、福音宣教という言葉は、今でこそ頻繁に耳にするが、生活の中で自然に表されていたことを改めて気付かされる。
「すべてのキリスト者はどのような生活条件と身分にあっても、各自自分の道において、父自身が完全にもっている聖性に達するよう主から招かれている」(第ニバチカン公会議『教会憲章』11参照)を教皇フランシスコの使徒的勧告で見つけた。
 幼い頃の私の周囲にはカトリック信徒は殆どいなかった。召命は親戚・両親の祈る姿やミサに与ること、食前食後の祈り、朝と夕の祈り、寝る前の祈り、ロザリオを唱えるのが当然の家庭で育まれていたのだと思う。修道者になるというより、親元を離れ未知の世界に足を踏み入れてみたくて、そのきっかけをつくってくださったのが純心聖母会だった。
 純心中学校に転校した頃、「おはようございます」の挨拶について「相手の中に神さまがおられる。心をこめてその人が今日一日、神様に守られて過ごすことができますように」という趣旨の放送朝礼がありとても新鮮だった。
(片岡弥吉先生の放送朝礼だったと記憶している)今の生活の中で、ときどきその話を思い出し振り返ることがある。
 天草で生活していると、ごく限られた人としか出会うことがない。ミサに与っても、教会学校であっても、5本の指で間に合う。観光客の方と接することがなければ、人との交わりは殆ど
限られている。それでも、ここにシスターが暮らしていると証しできれば、神さまが私たちの姿を通して福音宣教を後押ししてくださる。
 電話や手紙で話を聴いてほしいといわれる方に、神に信頼して応える。道で出会う人に心を込めて挨拶する。全く反応がなかった人が、ある時、自分の方から話しかけてきて「シスターに声をかけられた。・・・もうそろそろ言わんばたい。自分は信者たい。そろそろ教会に行かんば・・・」と。教会奉仕も積極的に取組むようになった。
 観光客に挨拶をすると、悩みを抱えて来訪している方に出会う。「訪れた方々のために祈っています」と伝えると、1年後に「あの時の者です」と朗報をもって再来訪。「話を聴いてもらえますか」と電話があったりと、私たち日常の中で神さまは確かに働いてくださっている。その折々の中で、私たちも恵みと励ましをいただき生かされている。
 何気ない挨拶や関わりが神さまの恵みを通して、福音宣教の一端を担わせていただいていることを感謝している

純心聖母会
〒852-8142
長崎県長崎市三ツ山町415
TEL.095-848-2241
FAX.095-843-7570

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