純心聖母会は、長崎大司教区に本部を置く聖母マリアの汚れなきみ心に捧げられた教育と社会福祉の使徒的活動を行う聖座法の女子修道会です。

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純心聖母会
〒852-8142
長崎県長崎市三ツ山町415
TEL.095-848-2241
FAX.095-843-7570

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福 音 宣 教 の 小 道

 

★神様のひろば★

★神様のひろば★
 
小さな天使との出会い
2020-09-01
『小さな天使との出会い』 シスターY

 事業所を持たない島原修道院に身を置きながら、新しい宣教の形を模索し、私が学んだ宣教への意識改革について、綴ってみたいと思います。
「おはようございます。」と、宣教の相手がやってくる、当たり前に感じていた事業所の朝の風景。一変して、島原では人と会う機会がほとんどない毎日に、私は戸惑いを感じていました。
 そんなある初夏の夕暮れ、教会の戸締りに行ったときのこと。いつものように扉を開けると、そこには小さな天使が大きなスリッパをはいて十字架を見上げているではありませんか。その子の名前はAちゃん。関東からお母さんと一緒におばあちゃんの看病に来たのだとか。夕陽に映えるステンドグラスの光の中にいる彼女と出会い、私の心の変化のきっかけとなりました。「この子がどうしても中に入りたいというのでお邪魔しています。」というお母さんに、ミサへのお誘いをしたところ、毎日曜日ミサに参加されるようになり、Aちゃんのために小さなスリッパを用意することにしました。最初は二択できるように色の違う2足を、やがては彼女の成長に伴い三択できるように3色に。毎週好きな色のスリッパをはいて嬉しそうにイエス様を見上げ、皆と祈りのひと時を過ごし、十字架のイエス様にバイバイと手を振り帰っていくAちゃんは、そこに集う教会家族の喜びとなりました。そのうちに看病していたおばあちゃんは亡くなりましたが、親子はお父さんの実家であるこの地に住むことになり、お母さんは洗礼の準備を始めました。「A子が神さまの家に導いてくれました。」と嬉しそうに語るお母さんは天の国の宝を見つけた人のようです。これは、神さまの引力に導かれてやってきた親子に同伴する機会を得て、私の「当たり前」が180度転換した出来事です。
 その後も島原では、不思議な出会いが繰り返され、神さまの働き方をみせていただき、自分自身が福音化されていく貴重な体験を重ねることとなりました。それは、福音宣教の主体はイエス様なのだという心の記憶に残る学びでした。今、川内の地で、新たな出会いをいただき、『これは当たり前ではなく特別なんだ!』と、体感しています。今日の宣教は、私自身が「かみさまの広場」となること。出会う人々とともに、神様との交わりを愉しみ深めながら、小さな歩みを感謝のうちに進めています。
 
平和な神さまのお庭
2020-07-01
『平和な神さまのお庭』シスターY

 今、私は純心幼稚園に勤務して3年目を迎えています。ちょうど勤務し始めた年から、神さまのお部屋(アトリウム)が幼稚園の宗教教育の場として始まりました。私にとって、一番身近な子どもたちに宣教の場をいただいたことに感謝しています。環境の設営準備等で尽力された先生方の働きに感謝しつつ、恵まれた環境の中で子どもたちと日々神さまについて活動を通し学び合っています。卒園していく子どもたちには、毎年のように「小学校へ行ったら、神さまのお話は聞けなくなるけれど、神さまをわすれないでね」と伝えています。子どもたちは、神さまといつも一緒の生活が当たり前なので、それがどういうことなのかそれぞれに思案する様子です。
幼稚園の同級生だった友だちと短大で再会した時、「幼稚園で教えてもらったお祈りは今でも覚えているよ」と話してくれたことがとても心に残っています。
 幼く純真な時期に素直に神さまを受け入れ、日常生活の中で身近に神さまを感じ生きている子どもたちの姿に、人としての崇高な姿を感じ学ばせてもらっています。外遊びに出ると園庭のマリア様の前で自発的に手を合わせ怪我から守ってくださいと祈る姿はとても美しいものです。誰から声をかけられたわけでなく、園内にあるイエス様やマリア様のご像やご絵、クリスマス近くには馬小屋の前で一人手を合わせて祈る姿は、日常の習慣とは違う子どもの心からの行動だと感じています。
 アトリウムにおいては、宗教教材や教具での活動を行なっています。主に自己活動は年長組です。年長になったら神さまのお部屋でお仕事ができることを楽しみにしている子どもの姿も見られます。ここでの活動も部屋の出入り時は、十字架のイエス様に手を合わせて挨拶をします。思い思いにやりたいお仕事に向かう子どもたちの姿から、神さまが大好きという言葉にできないうれしさが出ているようです。
 年少、年中の子どもたちにも神さまのお話を同じお部屋でしています。からしだねのたとえ話、パンだねのたとえ話などがありますが、やはりどの子どもも好きなお話は「よい羊飼いのたとえ話」のようです。自分の命を捨ててでも羊を守る姿に惹かれるようで、「よい羊飼いはやさしい方」と活動後の子どもたちの発言で聞かれます。とてもやんちゃな男児はよい羊飼いをかっこいいと思ったのか「大きくなったら良い羊飼いになる!」と宣言し笑いが出そうになりました。
一人ひとりの子どもの魂が「3つ子の魂100まで」であることを願っています。
 
恵の丘の自然
2020-06-01
『神さまのひろば』(シスターE)
 
 私の所属する施設では新型コロナウィルスの緊急事態宣言中、感染のリスク回避のために2月末より面会制限や外出の自粛などの対応を強化してきました。そのような中で、利用者の心身を潤しているのは、広い敷地内の散歩や庭の手入れ、畑の野菜作りなど、自然の恵みの中での生活です。
 感染を恐れ、神経をすり減らしている職員も、ふと目に入る花畑や緑豊かな環境、新鮮な空気で癒されています。部屋の窓際で歩行器に腰かけ、一人でツツジの花見をしている人、開墾して花壇を広げている人、歩行困難で部屋から出られない方に育てた花を届けている人、温室で育てたクンシランをホームの各階に置き、ホーム全体を明るくしてくださる人がおられます。
 創設者のシスター江角が、開墾をして恵の丘の良い環境にホームを作ってくださったこと、そして後継者の姉妹たちをはじめ多くの方々が恵の丘を大切に守り育ててくださったことを有難く感じています。
 「一日中、することがない」とコタツの中で横になっているSさんを、散歩に誘うと喜んで支度をされ、中庭のシロツメクサで小さな冠をつくり、頭に被せてピースガーデンを散策していたら、軽トラで中庭にやってきた男性職員に「Sさん、マリア様かと思った。」と声をかけられ、Sさんも思わずニッコリ。
 ツツジを寄贈してくださり、ボランティアで毎年草取りをしてくださるIさんが、近所の方と一緒に恵の丘公園にツツジを見に来られました。「お祈りをして帰ります」とルルドのマリア像の前に立ち寄り祈っていました。その中の一人の方が「涙が出ました」と嬉しそうに話されたのが印象的でした。恵の丘の自然の中に、人々が神さまに心を向けて祈ることができる空間がある、その大切さに気付かされました。そして、そのような神さまのひろばが草むらにならないようにしようと心に決めました。
 「希望と慰めのよりどころである聖マリア、苦難のうちにあるわたしたちのためにお祈りください。」これが、施設の聖母月のテーマです。ウィルスには最も弱い高齢者の方々は、深い信仰と祈りで、世界と私たちを支えてくださっています。
 
神さまのひろば
2020-05-01
『神さまのひろば』(シスターM)

 私は現在、 名古屋から新任地の島原にきたばかりでこの原稿を書いています。「ひろば」といえば人々が集まり、動物も植物も存在する場所ですが、名古屋での生活も一つの「ひろば」であったように思います。名古屋は、いろいろな国の習慣や言語、考え方の違う人々が混在しているところです。当然、教会も国際色豊かです。Japanese・onlyの私が「何故、名古屋へ?」「いったい何ができる?」との思いで始まった名古屋での宣教は新たな発見とチャレンジの連続、共同体の分かち合いと支えを経験する恵みの時でもありました。今、静かに振り返ってみますと、共同体は確かに一つの「ひろば」でしたが、共同体以外からも私は「ひろば」に招かれていたと思います。その一つを紹介いたします。
 神の愛の宣教者会のシスターたちとカテケージスや食事会、おにぎり作りなどのボランティアをシスターたちの所でさせていただきました。教会でもどこでも出会うシスターたちはとても明るい。慎ましい生活と人々への愛の奉仕は神への強い信頼と人々への、特に助けを必要とする人々への思いには深いものがありましたが、その働きはすべての人に理解されているわけではありませんでした。ある人にとっては「無駄なこと・役に立たない・やっても解決しないこと」でした。
 それでも祈り、働き続ける彼女らは「神さまのひろば」にいて、シスターたちのそばに集まってくる人々の居場所を「神さまのひろば」にしているのだと思いました。
 私は時々、金曜日のおにぎり作りにでかけました。そのおにぎりを受け取るために公園に集まる人数は毎回100人以上。シスターたちとボランティアの人たちは、おにぎりを手渡す時、イエスがともにおられること、イエスが彼らを忘れていないこと、心の温かさを添えながら手渡していたのだと思います。その様子を見ながら、「ひろば」は「一つになる場所」だと感じることが度々でした。
 
教皇フランシスコ訪日を受けて
2020-04-01
『教皇フランシスコ訪日を受けて』(シスターO)
 
 昨年38年ぶりに教皇フランシスコが来日された。教皇は、なぜ来日されたのでしょう。教皇来崎の間、救護の担当であった私自身がその準備だけに追われてしまっていたことを思い出し、今、改めて深く反省しています。
 日本へと旅立つ前、教皇はこう述べておられます。「わたしの訪問に際して選ばれたテーマは『すべてのいのちを守るため』です。」
 また、日本到着後に、日本司教団との会合でも「先ず、じっと見つめるまなざしをもつことです。それによって、神から委ねられたすべての民のいのちを愛することができ、まさにその民に神から受けた賜物を見出すのです。すべてのいのちを守ることと福音を告げることとは、切り離された別のものではなく、また相反するものではありません」と。
 長崎の教会は、信徒発見の出来事から155年となります。この間、多くの司祭・修道者が生まれましたが、今や神学生も修道志願生も減少の一途をたどっています。また、皆の顔にもどこか落胆と諦めの陰りがみえるのも否めません。教皇フランシスコは、そのことをよくご存知でした。
 「収穫は多いけれども働く人は少ないことを知っています。だからこそ、皆さんを励ましたいのです。日本の教会の信仰を強めたいと思っていますが、同時にまた、信仰を証しした多くの殉教者の足跡に触れ、自身の信仰をも新たにしたいと思っています。主がこの恵みを私に与えてくださるようお祈りください」と。
 浦上修道院では純心宣教センターがリニューアルされました。現在、園児たちの要理の勉強をはじめ純心聖母会の委員会会議及び研修会等で利用されています。私は、純心宣教センターの受付事務を担当しています。宣教センターの活動は始まったばかりですが、宣教センターを訪れるすべての人のいのちを守り、宣教センターで行なわれる活動が預言的希望の種を蒔くものとなるよう祈る毎日です。
 
幼子のようになりなさい
2020-03-01
『幼子のようになりなさい』(シスターM)
 
 「おばちゃーん」と可愛い声で呼ばれるようになって3年の月日が流れた。小教区の奉仕の一環として、「子ども司牧」に関わるようになった。お腹の大きいお母さんから乳児、6歳までの子ども対象に、毎月家庭を廻り、体重測定をし、必要であれば「ちょっとした」食料を分配する。私たちが担当する地区は町の中心から少し離れ、貧しい家庭が多く、家賃が払えないとまた別の家に引っ超し…という現状なので、入れ替わりが多い。この3年で、「あめ玉」効果の大きさを痛感している。小さい子は体重計を怖がる。泣き出す子も少なくない。家庭訪問をし、体重計に乗って量り終わると‘あめ玉’がもらえる。そんな状況を続けていた矢先、子どもたちは私たちの姿を見ると、「おばちゃーん」と駆け寄り、今まで遊んでいた砂のせいか、薄汚れた手で私たちの懐に飛び込んでくる。そして、その次に見るのが‘私たちの手’。袋がぶらさがっているか、更に、その袋の中身は何なのか…とワクワクしていることが伝わってくる。まっすぐな目でニコニコしている子どもたちにはたった一つの「あめ玉」が、こんな大きな喜びになるのだ。私にはたった一つどころか数えきれないほどの「恵み」が与えられているのに、感じないことがあるのではなかろうか…と反省させられる。子どもの日には、小さなお祝い会として、5キロのケーキを皆で食べる。もう一切れ食べたいからと最初にもらった一切れを慌てて頬張る。クリームいっぱいの顔で「もう1個!」とやってくる姿も可愛らしい。きっと神さまが「フフッ」と微笑まれているようでこちらもうれしくなる。子どもたちは体全体で「よろこび」を表現しているようだ。その「よろこび」を運ぶ者として、私も神さまに向けて、まっすぐに心を任せていたいと祈る今日この頃である。
 
挨拶は神さまの恵み
2020-01-01
「挨拶は神さまの恵み」(シスターO)

 召命、福音宣教という言葉は、今でこそ頻繁に耳にするが、生活の中で自然に表されていたことを改めて気付かされる。
「すべてのキリスト者はどのような生活条件と身分にあっても、各自自分の道において、父自身が完全にもっている聖性に達するよう主から招かれている」(第ニバチカン公会議『教会憲章』11参照)を教皇フランシスコの使徒的勧告で見つけた。
 幼い頃の私の周囲にはカトリック信徒は殆どいなかった。召命は親戚・両親の祈る姿やミサに与ること、食前食後の祈り、朝と夕の祈り、寝る前の祈り、ロザリオを唱えるのが当然の家庭で育まれていたのだと思う。修道者になるというより、親元を離れ未知の世界に足を踏み入れてみたくて、そのきっかけをつくってくださったのが純心聖母会だった。
 純心中学校に転校した頃、「おはようございます」の挨拶について「相手の中に神さまがおられる。心をこめてその人が今日一日、神様に守られて過ごすことができますように」という趣旨の放送朝礼がありとても新鮮だった。
(片岡弥吉先生の放送朝礼だったと記憶している)今の生活の中で、ときどきその話を思い出し振り返ることがある。
 天草で生活していると、ごく限られた人としか出会うことがない。ミサに与っても、教会学校であっても、5本の指で間に合う。観光客の方と接することがなければ、人との交わりは殆ど
限られている。それでも、ここにシスターが暮らしていると証しできれば、神さまが私たちの姿を通して福音宣教を後押ししてくださる。
 電話や手紙で話を聴いてほしいといわれる方に、神に信頼して応える。道で出会う人に心を込めて挨拶する。全く反応がなかった人が、ある時、自分の方から話しかけてきて「シスターに声をかけられた。・・・もうそろそろ言わんばたい。自分は信者たい。そろそろ教会に行かんば・・・」と。教会奉仕も積極的に取組むようになった。
 観光客に挨拶をすると、悩みを抱えて来訪している方に出会う。「訪れた方々のために祈っています」と伝えると、1年後に「あの時の者です」と朗報をもって再来訪。「話を聴いてもらえますか」と電話があったりと、私たち日常の中で神さまは確かに働いてくださっている。その折々の中で、私たちも恵みと励ましをいただき生かされている。
 何気ない挨拶や関わりが神さまの恵みを通して、福音宣教の一端を担わせていただいていることを感謝している
 
小さな種まき
2019-12-01
「小さな種まき」(シスターF)

 三浦町教会で奉仕させていただくようになって一年半になりました。教会学校、聖書の集い、カテケージス、霊的同伴(模索中)など、神様のひろばは果てしなく広く、戸惑うことばかりです。いつもともにいてくださるイエス様を頼りつつ、悩みつつ小さな種まきをさせていただいています。三浦町教会は観光客が多く、場合によっては聖堂内を案内したり、コーヒーを飲みながら語り合ったりしていますが、主はいろいろな方と出会わせてくださいます。その中でイエス様と小さなつながりをもたれた方々を紹介します。

☆福岡のある青年が突然訪れ、「死を考えている」と打ち明けました。しばらく話しているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻し、表情が変えられていく様子でした。その後数回訪ねて来るうちに、イエス様にすっかり心惹かれて十字架が欲しいと言い、今は毎日イエス様にお参りしているそうです。一年近い引きこもりから脱出し、仕事に復帰することができました。洗礼を希望しています。
 
☆Kさんは佐世保に旅行中、くも膜下出血で倒れた方の姉上。看病で一か月程度佐世保に滞在している間、教会を毎日訪ねて長時間祈っていました。妹さんの退院の時には二人で教会に立ち寄り、感謝をささげていました。帰省後は聖書を読み始めているそうです。
 
☆真言宗の信徒で、70代のⅯさんはお寺の住職の方からカトリック教会に行くように勧められて訪れました。イエス様のご像を仏壇に安置し、朝夕の祈りを教会にお参りし、献金なさるたびにミサをお願いしています。
 
☆ある日、6時のミサに訪れた鎌倉のSさんは51歳。五島に一週間滞在してのその帰りでした。差し上げた五島キリシタン史をその後、少しずつ読み始めているそうです。
 
☆パニック障害を患い、3か月仕事を休んでいる30代の青年。精神的癒しを求めて浄土真宗の本を数冊読んでも心は変わらず、教会に来てみたそうです。その後は毎週1~2回カテケージスを熱心に受けています。またミサに与る恵みもいただいています。病気になったことで、イエス様を知る機会を得たことに感謝しています。〝 神のいつくしみは永遠 〟
 
「宣教の使命を生きる祈り」と共に
2019-11-01
「『宣教の使命を生きる祈り』と共に」(シスターT)
 
2019年2月24日 バッハピアノコンサート
沢山の拍手に迎えられたピアニストは、大きな十字架のしるしをして「インヴェンション」という曲を弾き始めた。
(彼は名古屋大学ピアノ演奏家コースに在籍、自閉症の障がいをもつ)
 日曜日のミサ後、主任司祭から、そのドイツ帰りの親子の受洗の勉強を依頼された。期日も迫っていたが私なりの準備をもって臨んだ。しかし、1時間に及ぶ2人の話に圧倒されてしまった。11年間の留学中に出会った近所の方々がどんなに素晴らしかったか。ごく自然にミサや祈り、食事に招待され、そのなんとも言えない親しみの中に包まれてしまった。それぞれ違って美しかった教会の鐘(彼はそれがどの教会のものか全部聞き分けていた)オルガン曲、賛美歌と共にそれ以上に周りの方々の温かさに神様を感じたと熱く語った。日本に帰国する際、息子が「お母さん、僕もあの人たちのように教会に行きたい」と。受洗のきっかけを話してくれた。この親子はドイツの教会共同体を通して一番大事な神様の愛を知り、見て、感じてきたのだ。だから私の拙い説明も素直に受け入れてくれるだろうと改めて思った。宣教は―キリストの愛にならって・・・人々に寄り添い―なのだと。
 毎日唱える「宣教の使命を生きる祈り」は、奉仕に出かける私にとって大きな支えである。日本に生まれ育ったブラジル人の子どもたちの多くがポ語(ポルトガル語)が片言しか話せず、読み書きもできないでいる。日本語が話せない親たちとの会話が面倒くさいと言う。ポ語のミサを求めて日曜日ごとにあちらこちらの教会を廻っている親たちに連れられてきている。その中学生、小高学年たちに日本語での要理教育ということで月2回、カテキスタとして奉仕している。6月に堅信式を終えた者は、ミサ前後の準備と片付けの役割を果たしている。更に担当司祭の了解を得て、ポ語のミサの中で朗読、共同祈願の部分を日本語でやってみようと練習を始めている。
 多国籍の信徒で構成されている名古屋教区では大いに進められていることであるが、なかなかスムーズにはいかない。子どもたちと関わってみて気づいたこと。それは、日本で教育を受け生活していてもブラジル人の多くが持っている神様への強い信仰、聖母への尊敬、信心、隣人にとけ合うことなど失われていない何かDNAみたいなものを感じている。また、時々、市役所からの依頼で児童相談所やいろいろな施設に辞書を片手にブラジル人の通訳の手伝いをしている。
―知恵と勇気をお与えください―
 
神様の御手のわざ
2019-10-01
「神様の御手のわざ」(シスターT)

 私は神様の御手の業の中で感動することがあります。それは、潮汐です。潮の干満を毎日興味を持って、高台の修道院から眺めています。
 もう一つ感動するのは、修道院から見える夕日です。島と空と海を茜色に染めて、美しい夕日の落ちていく様は、表現の仕様がありません。自然現象を通して御手の業を賛美します。
 それから嬉しいことには、神様から頂く畑の作物です。実りを信者さんたちと分かち合ったり、また頂いたりして喜びが大きくなります。
 また、獲れたばかりの新鮮な魚を頂くとき、私たちが修道者だから、こんなにしていただけると感謝しながら共同体のみんなで航海の安全と無事を願って祈りを捧げています。これらは神崎ならではの恵みです。
 神崎は子どもの多い恵まれた小教区です。今年は小学生全学年で、神崎教会に66人、褥崎教会に40人います。私は教会学校で2年生を担当しています。子どもの澄んだ眼差しは、生き生きとして、話をよく聞いてくれている時は、要理教師の醍醐味を味わいます。昔のように家族そろって祈りをするという子どもは少ないので、天国のこと、聖人のことを話に加え伝えるようにしています。神崎教会では小学1年生から朝ミサの侍者をする子もいます。神父様より、2年生から祈りの先唱をさせるので、教会学校で祈りをできるようにして欲しいと言われ、ワークシートの他に朝晩の祈りの練習もしています。これはいいことで、緊張しながらも、上手に祈りができるようになっています。
 早朝から眠気と戦いながら侍者をする子どもたちと、常連の信者さんたちと毎朝ミサに与り、一日の糧を受けて、神様のことを伝えたいと、霊的実りを求めて教会奉仕をしています。現代は経済のグローバル化など、社会が変化し、宗教の衰退の時代の感がありますが、子どもたちや信者さんたちとの関わりを大切にして、希望をもって頑張っています。
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