純心聖母会は、長崎大司教区に本部を置く聖母マリアの汚れなきみ心に捧げられた教育と社会福祉の使徒的活動を行う聖座法の女子修道会です。

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純心聖母会
〒852-8142
長崎県長崎市三ツ山町415
TEL.095-848-2241
FAX.095-843-7570

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039019
 

福 音 宣 教 の 小 道

 

★神様のひろば★

★神様のひろば★
 
教皇フランシスコ訪日を受けて
2020-04-01
『教皇フランシスコ訪日を受けて』(シスターO)
 
 昨年38年ぶりに教皇フランシスコが来日された。教皇は、なぜ来日されたのでしょう。教皇来崎の間、救護の担当であった私自身がその準備だけに追われてしまっていたことを思い出し、今、改めて深く反省しています。
 日本へと旅立つ前、教皇はこう述べておられます。「わたしの訪問に際して選ばれたテーマは『すべてのいのちを守るため』です。」
 また、日本到着後に、日本司教団との会合でも「先ず、じっと見つめるまなざしをもつことです。それによって、神から委ねられたすべての民のいのちを愛することができ、まさにその民に神から受けた賜物を見出すのです。すべてのいのちを守ることと福音を告げることとは、切り離された別のものではなく、また相反するものではありません」と。
 長崎の教会は、信徒発見の出来事から155年となります。この間、多くの司祭・修道者が生まれましたが、今や神学生も修道志願生も減少の一途をたどっています。また、皆の顔にもどこか落胆と諦めの陰りがみえるのも否めません。教皇フランシスコは、そのことをよくご存知でした。
 「収穫は多いけれども働く人は少ないことを知っています。だからこそ、皆さんを励ましたいのです。日本の教会の信仰を強めたいと思っていますが、同時にまた、信仰を証しした多くの殉教者の足跡に触れ、自身の信仰をも新たにしたいと思っています。主がこの恵みを私に与えてくださるようお祈りください」と。
 浦上修道院では純心宣教センターがリニューアルされました。現在、園児たちの要理の勉強をはじめ純心聖母会の委員会会議及び研修会等で利用されています。私は、純心宣教センターの受付事務を担当しています。宣教センターの活動は始まったばかりですが、宣教センターを訪れるすべての人のいのちを守り、宣教センターで行なわれる活動が預言的希望の種を蒔くものとなるよう祈る毎日です。
 
幼子のようになりなさい
2020-03-01
『幼子のようになりなさい』(シスターM)
 
 「おばちゃーん」と可愛い声で呼ばれるようになって3年の月日が流れた。小教区の奉仕の一環として、「子ども司牧」に関わるようになった。お腹の大きいお母さんから乳児、6歳までの子ども対象に、毎月家庭を廻り、体重測定をし、必要であれば「ちょっとした」食料を分配する。私たちが担当する地区は町の中心から少し離れ、貧しい家庭が多く、家賃が払えないとまた別の家に引っ超し…という現状なので、入れ替わりが多い。この3年で、「あめ玉」効果の大きさを痛感している。小さい子は体重計を怖がる。泣き出す子も少なくない。家庭訪問をし、体重計に乗って量り終わると‘あめ玉’がもらえる。そんな状況を続けていた矢先、子どもたちは私たちの姿を見ると、「おばちゃーん」と駆け寄り、今まで遊んでいた砂のせいか、薄汚れた手で私たちの懐に飛び込んでくる。そして、その次に見るのが‘私たちの手’。袋がぶらさがっているか、更に、その袋の中身は何なのか…とワクワクしていることが伝わってくる。まっすぐな目でニコニコしている子どもたちにはたった一つの「あめ玉」が、こんな大きな喜びになるのだ。私にはたった一つどころか数えきれないほどの「恵み」が与えられているのに、感じないことがあるのではなかろうか…と反省させられる。子どもの日には、小さなお祝い会として、5キロのケーキを皆で食べる。もう一切れ食べたいからと最初にもらった一切れを慌てて頬張る。クリームいっぱいの顔で「もう1個!」とやってくる姿も可愛らしい。きっと神さまが「フフッ」と微笑まれているようでこちらもうれしくなる。子どもたちは体全体で「よろこび」を表現しているようだ。その「よろこび」を運ぶ者として、私も神さまに向けて、まっすぐに心を任せていたいと祈る今日この頃である。
 
挨拶は神さまの恵み
2020-01-01
「挨拶は神さまの恵み」(シスターO)

 召命、福音宣教という言葉は、今でこそ頻繁に耳にするが、生活の中で自然に表されていたことを改めて気付かされる。
「すべてのキリスト者はどのような生活条件と身分にあっても、各自自分の道において、父自身が完全にもっている聖性に達するよう主から招かれている」(第ニバチカン公会議『教会憲章』11参照)を教皇フランシスコの使徒的勧告で見つけた。
 幼い頃の私の周囲にはカトリック信徒は殆どいなかった。召命は親戚・両親の祈る姿やミサに与ること、食前食後の祈り、朝と夕の祈り、寝る前の祈り、ロザリオを唱えるのが当然の家庭で育まれていたのだと思う。修道者になるというより、親元を離れ未知の世界に足を踏み入れてみたくて、そのきっかけをつくってくださったのが純心聖母会だった。
 純心中学校に転校した頃、「おはようございます」の挨拶について「相手の中に神さまがおられる。心をこめてその人が今日一日、神様に守られて過ごすことができますように」という趣旨の放送朝礼がありとても新鮮だった。
(片岡弥吉先生の放送朝礼だったと記憶している)今の生活の中で、ときどきその話を思い出し振り返ることがある。
 天草で生活していると、ごく限られた人としか出会うことがない。ミサに与っても、教会学校であっても、5本の指で間に合う。観光客の方と接することがなければ、人との交わりは殆ど
限られている。それでも、ここにシスターが暮らしていると証しできれば、神さまが私たちの姿を通して福音宣教を後押ししてくださる。
 電話や手紙で話を聴いてほしいといわれる方に、神に信頼して応える。道で出会う人に心を込めて挨拶する。全く反応がなかった人が、ある時、自分の方から話しかけてきて「シスターに声をかけられた。・・・もうそろそろ言わんばたい。自分は信者たい。そろそろ教会に行かんば・・・」と。教会奉仕も積極的に取組むようになった。
 観光客に挨拶をすると、悩みを抱えて来訪している方に出会う。「訪れた方々のために祈っています」と伝えると、1年後に「あの時の者です」と朗報をもって再来訪。「話を聴いてもらえますか」と電話があったりと、私たち日常の中で神さまは確かに働いてくださっている。その折々の中で、私たちも恵みと励ましをいただき生かされている。
 何気ない挨拶や関わりが神さまの恵みを通して、福音宣教の一端を担わせていただいていることを感謝している
 
小さな種まき
2019-12-01
「小さな種まき」(シスターF)

 三浦町教会で奉仕させていただくようになって一年半になりました。教会学校、聖書の集い、カテケージス、霊的同伴(模索中)など、神様のひろばは果てしなく広く、戸惑うことばかりです。いつもともにいてくださるイエス様を頼りつつ、悩みつつ小さな種まきをさせていただいています。三浦町教会は観光客が多く、場合によっては聖堂内を案内したり、コーヒーを飲みながら語り合ったりしていますが、主はいろいろな方と出会わせてくださいます。その中でイエス様と小さなつながりをもたれた方々を紹介します。

☆福岡のある青年が突然訪れ、「死を考えている」と打ち明けました。しばらく話しているうちに、少しずつ落ち着きを取り戻し、表情が変えられていく様子でした。その後数回訪ねて来るうちに、イエス様にすっかり心惹かれて十字架が欲しいと言い、今は毎日イエス様にお参りしているそうです。一年近い引きこもりから脱出し、仕事に復帰することができました。洗礼を希望しています。
 
☆Kさんは佐世保に旅行中、くも膜下出血で倒れた方の姉上。看病で一か月程度佐世保に滞在している間、教会を毎日訪ねて長時間祈っていました。妹さんの退院の時には二人で教会に立ち寄り、感謝をささげていました。帰省後は聖書を読み始めているそうです。
 
☆真言宗の信徒で、70代のⅯさんはお寺の住職の方からカトリック教会に行くように勧められて訪れました。イエス様のご像を仏壇に安置し、朝夕の祈りを教会にお参りし、献金なさるたびにミサをお願いしています。
 
☆ある日、6時のミサに訪れた鎌倉のSさんは51歳。五島に一週間滞在してのその帰りでした。差し上げた五島キリシタン史をその後、少しずつ読み始めているそうです。
 
☆パニック障害を患い、3か月仕事を休んでいる30代の青年。精神的癒しを求めて浄土真宗の本を数冊読んでも心は変わらず、教会に来てみたそうです。その後は毎週1~2回カテケージスを熱心に受けています。またミサに与る恵みもいただいています。病気になったことで、イエス様を知る機会を得たことに感謝しています。〝 神のいつくしみは永遠 〟
 
「宣教の使命を生きる祈り」と共に
2019-11-01
「『宣教の使命を生きる祈り』と共に」(シスターT)
 
2019年2月24日 バッハピアノコンサート
沢山の拍手に迎えられたピアニストは、大きな十字架のしるしをして「インヴェンション」という曲を弾き始めた。
(彼は名古屋大学ピアノ演奏家コースに在籍、自閉症の障がいをもつ)
 日曜日のミサ後、主任司祭から、そのドイツ帰りの親子の受洗の勉強を依頼された。期日も迫っていたが私なりの準備をもって臨んだ。しかし、1時間に及ぶ2人の話に圧倒されてしまった。11年間の留学中に出会った近所の方々がどんなに素晴らしかったか。ごく自然にミサや祈り、食事に招待され、そのなんとも言えない親しみの中に包まれてしまった。それぞれ違って美しかった教会の鐘(彼はそれがどの教会のものか全部聞き分けていた)オルガン曲、賛美歌と共にそれ以上に周りの方々の温かさに神様を感じたと熱く語った。日本に帰国する際、息子が「お母さん、僕もあの人たちのように教会に行きたい」と。受洗のきっかけを話してくれた。この親子はドイツの教会共同体を通して一番大事な神様の愛を知り、見て、感じてきたのだ。だから私の拙い説明も素直に受け入れてくれるだろうと改めて思った。宣教は―キリストの愛にならって・・・人々に寄り添い―なのだと。
 毎日唱える「宣教の使命を生きる祈り」は、奉仕に出かける私にとって大きな支えである。日本に生まれ育ったブラジル人の子どもたちの多くがポ語(ポルトガル語)が片言しか話せず、読み書きもできないでいる。日本語が話せない親たちとの会話が面倒くさいと言う。ポ語のミサを求めて日曜日ごとにあちらこちらの教会を廻っている親たちに連れられてきている。その中学生、小高学年たちに日本語での要理教育ということで月2回、カテキスタとして奉仕している。6月に堅信式を終えた者は、ミサ前後の準備と片付けの役割を果たしている。更に担当司祭の了解を得て、ポ語のミサの中で朗読、共同祈願の部分を日本語でやってみようと練習を始めている。
 多国籍の信徒で構成されている名古屋教区では大いに進められていることであるが、なかなかスムーズにはいかない。子どもたちと関わってみて気づいたこと。それは、日本で教育を受け生活していてもブラジル人の多くが持っている神様への強い信仰、聖母への尊敬、信心、隣人にとけ合うことなど失われていない何かDNAみたいなものを感じている。また、時々、市役所からの依頼で児童相談所やいろいろな施設に辞書を片手にブラジル人の通訳の手伝いをしている。
―知恵と勇気をお与えください―
 
神様の御手のわざ
2019-10-01
「神様の御手のわざ」(シスターT)

 私は神様の御手の業の中で感動することがあります。それは、潮汐です。潮の干満を毎日興味を持って、高台の修道院から眺めています。
 もう一つ感動するのは、修道院から見える夕日です。島と空と海を茜色に染めて、美しい夕日の落ちていく様は、表現の仕様がありません。自然現象を通して御手の業を賛美します。
 それから嬉しいことには、神様から頂く畑の作物です。実りを信者さんたちと分かち合ったり、また頂いたりして喜びが大きくなります。
 また、獲れたばかりの新鮮な魚を頂くとき、私たちが修道者だから、こんなにしていただけると感謝しながら共同体のみんなで航海の安全と無事を願って祈りを捧げています。これらは神崎ならではの恵みです。
 神崎は子どもの多い恵まれた小教区です。今年は小学生全学年で、神崎教会に66人、褥崎教会に40人います。私は教会学校で2年生を担当しています。子どもの澄んだ眼差しは、生き生きとして、話をよく聞いてくれている時は、要理教師の醍醐味を味わいます。昔のように家族そろって祈りをするという子どもは少ないので、天国のこと、聖人のことを話に加え伝えるようにしています。神崎教会では小学1年生から朝ミサの侍者をする子もいます。神父様より、2年生から祈りの先唱をさせるので、教会学校で祈りをできるようにして欲しいと言われ、ワークシートの他に朝晩の祈りの練習もしています。これはいいことで、緊張しながらも、上手に祈りができるようになっています。
 早朝から眠気と戦いながら侍者をする子どもたちと、常連の信者さんたちと毎朝ミサに与り、一日の糧を受けて、神様のことを伝えたいと、霊的実りを求めて教会奉仕をしています。現代は経済のグローバル化など、社会が変化し、宗教の衰退の時代の感がありますが、子どもたちや信者さんたちとの関わりを大切にして、希望をもって頑張っています。
 
わたしはぶどうの木
2019-09-01
「わたしはぶどうの木」(シスターF)

「わたしはぶどうの木、あなたがたはその枝である。…ヨハネ15・5」
 軽費老人ホームときわ荘は定員50名の施設で、そのうちカトリック信徒は43名と、86%を占めている。この信徒の集まりを「ぶどうの会」と呼んでいる。以前は聖書の分かち合いを中心に行なっていたが、現在はぶどうの木であるイエス様に、しっかりとつながり、イエス様から離れないように祈り、信徒としての生き方を学んでいる。宗教行事への参加、司祭や修道者の話、DVD鑑賞、分かち合いなどを通して、イエス様とマリア様と聖人たちと出会い、イエス様とのつながりを深め、愛に生きるよう導かれている。また共に生活している人へ、さらに世界の貧しい人々へと心を他者に向けて私にできる方法で、手を差し伸べることができるように神さまと共に歩んでいる。人間関係がうまくいかない時こそ、「互いに愛し合いなさい」の理念の実践に努めている姿も見受けられるし、社会貢献への協力の輪も広がっている。このようなときわ荘の現状を見つめると、神さまはときわ壮という「神さまのひろば」で働いておられ、人をも導かれることを実感する。
 Fさんは、23歳で結婚のために富山県に転居し、70歳でご主人が死亡し、約10年後に長崎での生活を望み入所した。その翌日、ミサに来られたので、種無しパンをチボリウムに入れるように説明すると、10年間教会に行っていないと話された。そこでミサ前にゆるしの秘跡を受け、その後は毎日ミサに参加している。
 さらに神さまは、「神さまのひろば」から宣教に派遣する。80歳のKさんは、入所して間もなく、大阪在住の弟さんが危篤状態になった。ご家族の方がカトリックについて不明なため、大阪に赴き、病者の塗油に立ち合い、ご家族に通夜、葬儀の手順を教え弟さんが安心して旅立たれるように、ホームで力を得て宣教してきたと話された。
 これからも、ときわ荘が「神さまのひろば」であり続けるために、しっかりとイエス様につながり、神さまの働きに協力していけるホームでありたいと願う。
 
天使のお祈り
2019-07-01
「天使のお祈り」(シスターT )

「小さいお手々をくみあわせ こうしてお祈りいたしましょう 神さまよい子にしてください。」
 純心幼稚園の先生方は、毎度おなじみのこの歌、ブラジル純心幼稚園でも毎日歌っています。純心に入った子ども達が一番最初に覚える歌です。この記事を書くにあたって、この「小さいお手々」は、何十年も歌われ続けているだけでなく。子ども達が「小さい・・・」と歌うことが福音宣教の大きな導きとなっていることに気が付きました。
 朝のはじまりの時、お帰りの時、「神さまよい子にしてください。」と前奏が聞こえると、子ども達は、自然にさっと手を合わせるのです!! 〝すごいです〟乳児部の赤ちゃんもお兄さん、お姉さんを見ていて、次第に慣れてくると、可愛いお手々を合わせるようになってきます。 この「小さいお手々」が始まったら、〝お祈り〟をするのだという心の準備ができ、歌い終わると先生と一緒に声を合わせて「父と子と…」と始めるのです。「天におられる…」「アヴェ…」と全員口をそろえてお祈りをします。ブラジルの子ども達も日本語、ポルトガル語でお祈りできます。ブラジル中、どこを探してもこのようにお祈りをする学校は、おそらく純心だけでしょう。
 昔、「小さいお手々…」と歌った卒園児たちが、今は大きくなり社会人となり家庭を持つようになり、行く行くは自分の子どもを、自分が学んだ純心学園に入れ、神さまに祈る心、感謝する心、マリア様のように人を大切にする心、優しい心…と、目に見えない心の教育が育っているように思います。昔あるお母さんから、「子どもが家で食事の時、お父さん、お母さんに手を合わさせ、『小さいお手々…』と子どもが先唱して歌い、お祈りを一緒にしないと食べられないのです」などと話してくださったことがありました。こういうことを通して、親の心にも神さまの愛の心が伝わり、子どもと共に祈るようになっています。普段気付かないことですが、小さな子どもを通して大きな宣教の実りが芽生えているのではないかと思い、感謝の心で、毎日、子ども達と心を込めて歌い続けています。
 
教会学校
2019-06-01
「教会学校」(シスターH )
 
 鴨池教会では教会学校を毎月第一・第三土曜日に行なっている。今年度は年長児1名、小学校1年生から6年生まで9名、合計10名。その中でカトリックの信者は兄弟の2名。 他の子ども達は未信者である。(2名はクリスマスに家族で洗礼を受ける予定) 幼稚園を卒園してそれぞれの小学校に入学するので、幼稚園時代の友達に会えるのも一つの楽しみのようだ。私たちも小学校のことについて、いろいろ知ることができるし、学校であったことを分かち合ってくれるので楽しい時間である。
 教会学校は年に16回程度あるが、三学期は教会バザーの準備で終わってしまうほど、様々な行事が入り、イエス様の話ができるのは三分の一位である。次回も霊名の祝日を迎える神父様のお祝いのプレゼント準備である。話をする機会があまりないので、子ども達も熱心に聞いてくれる。ほとんどが聖母幼稚園の卒園児だが、卒園記念に贈る子ども用の聖書を読んでいて、「そのお話、本に載っていたよ」と本のページを開いて見せてくれることもある。
 昨年の夏休みは鹿児島教区の小学生キャンプがなかったので、鴨池教会学校の子ども達で鹿児島市内(ザビエル・玉里・吉野・紫原・谷山・純心学園聖堂)の教会巡りを行なった。教会は鴨池教会しか知らない子ども達がほとんどなのでとても新鮮に感じたようだった。「教会の中には何があるでしょう」と質問した小さなパンフレットを作り、教会ごとにそれぞれ記入していった。十字架・祭壇・朗読台・オルガンなど、どの教会にも同じものがたくさんあることに興味津々だった。また「初めて巡礼した教会でお願いごとをすると叶う」ということを伝えると、家族のため、お友達のためとそれぞれ祈っていた。
吉野教会、谷山教会では婦人会の方たちがおられ、おいしいおやつをいただき、感謝した。遠足気分で楽しい一日を過ごした。
 子ども達の大好きな聖書カルタも聖書のことを知るのに大変役に立っている。子ども達が知っている話もあるが、興味をもったカルタについてはどんな内容の話かを伝え、少しでも聖書のこと、イエス様のことを伝えるように心がけている。大きくなって、いつか洗礼の恵みに与ることができたらいいなと思いながら、毎回の教会学校を過ごしている。
 
神様が出会わせてくださる人々
2019-05-01
「神様が出会わせてくださる人々」(シスターK )

 これまでの環境とは違う場に身を置き、右も左もはじめましての学生生活は、二年目を迎えました。過ぎた一年を思い起こすと神様だけが頼りという宣教師たちの気持ちが少しだけ体験できたような気がしています。毎日「今日も一日、神様が出会わせてくださる人と時間を共有し、何かを分かち合えますように」と祈り、一日がスタートします。誰かとは、学生であったり教会の信徒の方や電車の中で会う人であったり様々です。また修道服の威力を感じることもしばしばです。「純心の卒業生です」「幼稚園で〇〇シスターにお世話になりました」「ミッションスクールだったので…」と声を掛けられることもあり、その度に「神様ありがとう。今日はこの方ですね」と感謝します。出会わなければ何の進展もないとなると、声かけは大きな宣教であると実感します。 しかし、「宣教」と一口に言っても信頼関係を築くことから始めなければならず、そこにはいつも大きなチャレンジが付きまといます。挨拶をする、微笑む、手を貸すなど自分から行動を起こすことは勇気が必要であり、自分の殻から飛び出すチャレンジの日々です。私が大学内で心がけていることは人の橋渡し役になるということです。私の周りには、とても優秀な神学生たちや先輩方、学生たちがたくさんいます。そこで私ができることは些細なことです。せめて神様が私に出会わせたこの人の手を、誰かの手につないで神様に結び合わせていただこうという思いです。例えば、洗礼を希望している学生には先生(神父様)を。何か接点を見つけたら他のシスターたちと学生たちを。学生と学生を。そして時には学生より人生を長く生きた者(親子のような年の差)として相談に乗ることによって学生と私自身をつないでいます。つなぎ合わせたところで信頼が芽生えより深く神様のいつくしみを感じる機会もあります。同級生に洗礼志願者二名と代母役を担う友がいます。担任が企画した黙想会にその仲間たちと参加し、祈りの手伝いをするチャンスもいただき、私にも恵みのお裾分けをいただきました。他学部の友にもキリスト教に少し興味を示し始めている人がいます。悩んだ末にやっと洗礼を受ける決心がついたと報告に来られた先輩、洗礼後の信仰生活について疑問や不安を語る先輩もいます。今の私には、人と人、神と人をつなぐために、両手を空にしておくことが求められていると感じています。
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