純心聖母会は、長崎大司教区に本部を置く聖母マリアの汚れなきみ心に捧げられた教育と社会福祉の使徒的活動を行う聖座法の女子修道会です。

 

「恵の丘」の由来

 

「恵の丘」の由来

「恵の丘」の由来
 
   
 1945(昭和20)年8月9日の原爆で純心は、動員学徒214名を失い、校舎も全焼するという悲運に見舞われた。

 その朝、時の校長シスター江角は「今日は疎開のつもりで元気な人は皆、木場の山に行くように」といわれ、いつもの倍近くの10人余のシスターと、生徒14〜15名は約8?あまりの三ッ山に、松脂採集に出かけた。

「11時頃、飛行機の音と共にピカッと光ったと思うとドーンと音がしました・・・
辺りが暗くなって雨も降り出し」長崎の方から飛んできた紙切れを拾い上げてみると「聖書や工場長さんの名前の書いてある書類など」で、純心の方がやられたと予感し、即刻下山することになる。聖書や生徒名の紙片が爆風にのって、はるか彼方の山で作業していたシスターの手に届くとは、偶然とはいい難い神のみ摂理ではなかっただろうか。

 創立10年、やっと軌道にのりはじめた学園は一瞬のうちにすべてを灰に帰したのである。
とりわけ、全生徒の三分の一余の純真な乙女を失った悲しみで、学校を閉鎖し、観想修道会でその学徒らのために祈ろうとシスター江角は考えたという。

 被爆した生徒たちの家庭訪問や家族からの報告に「聖歌を口ずさみつつ、ロザリオを祈りつつ、学園への思いを口にしながら」苦しい中で、平和に優しい心で息を引き取っていったということが、幾つも校長のもとに届いた。

 「純心の教育は間違いなかった」との新たな確信のもとに、学園の復興が図られることになる。
被爆後の学園の処理作業は、生き残ったシスターらを中心に進められた。

 「この丘がなかったら純心は復興しなかったでしょう。
それでこの丘を『恵の丘』と名付けました」とシスター江角は記している。

                 『長崎純心聖母会の五十年』より抜粋
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